
世界観とは何か? 革花作家としての出発点
革花作家として活動を始めてから、私は「世界観」という言葉に出会った。
どうやらそれは、自分が作る作品に込めた想いや世界を、言葉で表したものだと知った。
それまでの私の生活は、世界観という言葉とは無縁だったし、それをどう表せば伝わるのかなんて分かるはずもなかった。
当時の私には、革花を作りたいという思いがあっただけで、どんなものが作りたいのかなんてなかったのだ。独学でこれから作ろうとしているものに対して、どんな世界ですか?と聞かれても、作っていないものを言葉になどできるはずもない。
なのに、巷にはどこか借りもののような言葉が溢れていて、世界観って何か特別なものだと感じていた私は、物足りなさと、もっと違う表現があるのではという思いがつきまとっていた。
――世界観ってなんだろう?
ハイブランドはもちろん、ブランドとして軒を連ねるショップのほとんどには、必ずと言っていいほど世界観があった。
コンビニエンスストアやスーパーにもそれはあるけれど、どれも私にはピンとこなかった。
作品を作ることと、世界観やコンセプトって、どう関係があるのか。
作品を表現している人の中で、それを簡潔に答えられる人がどれくらいいるのだろうか。
世界観は誰にでもある|好きを形にする力
革花を作って8年が経ち、それなりに販売を経験した今だから分かることがある。
世界観とは、誰だって持っている、自分だけの世界ということ。
人は誰しも何かを好み、何かに突き動かされていると思う。その思いが形になったものは、その人にしか作れない世界。
デザインが奇抜なものが好き、カラフルなものが好き、小さいものが好き…など、そういった、「好き」という感情に深く入り込んだ人たちが表現する世界そのものが、世界観なのではないか。
きっと、誰にでも「好き!」と深く感じるものがあるはずだ。そう感じるものや、大切にしている価値観や、美しさ、それ自体が、すべて世界観だと思う。
どうして好きなのか言語化できないけれど、なぜか好き。これだって立派な世界観なのだ。
私にとっての世界観|革花に込めた命の物語
私にとっての世界観は、自然の美しさ、儚さ、そして強さ。
革と花という全く別のものを組み合わせたのは、なくなった命(牛革)に、新たな命を吹き込むという意味合いも込めていた。
自然のなかにある命は、人だけでなく、植物であれ動物であれ同じで、そのひとつひとつ、どれをとっても同じように命が生まれ、なくなるもの。そのものを、革花作品に込めてきた。
革で、完璧な花を作りたいとは思っていない。
ただ、私が生まれ持った感覚を、革花という形にしたいだけなのだ。
世界観は言葉より、にじみ出るもの|読者へのメッセージ
販売を始めたばかりの頃、「世界観が統一されていないと、お客さまが混乱する」と聞いたことがあり、当時は世界観と言われても「それって何?」と思うばかりで、言語化できなかった。
それもそのはず、私は感覚で生きているし、コピーライターでも何者でもない。
だけど、世界観という言葉でひとくくりにしないのであれば、その答えは見えてくるように思う。
たとえば、
ある作家が作った作品を一目見ただけで「〇〇さんの作品じゃない?」と“感じる”こと。 写真を見ただけで「〇〇さんの写真に似てる」と“予想がつく”こと。 曲を聴いただけで「〇〇(アーティスト名)かな」と“分かる”こと。
そのように表すのであれば、世界観は言葉にしなくても十分成り立つ。
ただ、それは一朝一夕で成り立つものではなく、時間をかけて少しずつ育てていくものだということも、一言添えておきたい。
結局のところ、人間が持っている世界は、だれにも作ること・真似することができない唯一無二の世界なのだ。
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この記事は、「ものづくりで生きるということ」というカテゴリの中の一編です。
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