あなたは、「自分には価値がある!」と、胸を張って言えますか?
以前の私は、「人の役に立っていない自分には、生きている価値がない」と思い込んでいました。
もし、これを読んでいるあなたが、私と同じように、自分に対して無価値だと思っているとしたら、ぜひ最後まで読んでほしいです。
「私には、価値がある」と感じられるようになるはずだから。
これは、私がそう思えるようになるまでに、時間をかけて気づいていったことを書いた記録です。
私は、以前、仕事を辞めて専業主婦になったとき、
「仕事をしていない自分」
「お金を稼いでいない自分」
には、価値がないと思い込んでいました。
それまで、ずっとがんばって仕事をしていたからこそ、価値があったんじゃないかと。
だから、誰の役にも立てていない、社会に貢献することもできていない自分が、何のために存在するのか分からなくなっていた時期がありました。
専業主婦になると、お金を稼いでいない現実から、夫に依存して生きていているようにも感じて、申し訳なささえ感じていました。
でも、専業主婦だからといって、何もしていないわけじゃないのに、どうしてそんなふうに思ってしまうのか、ずっと分かりませんでした。
「何もしていないと、無価値に感じる」
ゆっくりすることは、悪いことなのでは?
「稼いでいないと、無価値に感じる」
誰の役にも立てていないのでは?
こんなふうに感じたのは、実は、一度や二度ではありません。
どうして価値がないと思ってしまうのか、自分なりに考えてみると、
- がんばっていないから
- 仕事していないと、お金を稼ぐことが出来ないから
- 夫の収入に頼りきりになってしまうから
- 自立してない自分は、情けないから
考えれば考えるほど、自分の中にあった思いが出てきました。
これを見て、私は、
「(自分が思う)条件を満たしてこそ、人は価値がある」
と、思い込んでいたことに気づきました。
たしかに、お金を稼いでいないけれど、家族のためにやっていることは、たくさんあります。
家庭のこと・家事・育児・子どもたちの学校に関すること、その他諸々、実は数えきれないくらいのことをやっていました。
それなのに、どうして何度も、そう思ってしまうんだろう?と思いました。
あるとき、潜在意識を学ぶ中で、
「人を見下してしまっていないか」という問いが飛び込んできました。
人を見下す=自分のことも見下しているということになるのだと。
私は、人を見下したことなんてないと思うけど…と思いながらも、誰かに対して、見下した過去がないかを探してみることにしました。
数日考えてみて、
「もしかしたら、子どものころ、父のことを見下していたかもしれない」
と、ふと、過去の出来事が浮かんできました。
子どものころ、父は病気で入院することが多く、仕事を続けることができなかったため、いつも母がひとりで家計を支えてくれていました。
病気だったから仕方なかったのに、子どものころの私は、
「どうして家計が大変なのに、入院ばかりするんだろう」
「お父さんが稼げないから、お母さんががんばるしかないんだ」
「お父さんなんて…」
と、何度も心の中で、お父さんのことを見下していた過去を思い出しました。
父なりに、やれることをやってくれていたのに、何でも父のせいにして、何度も心の中で責めていたことに気づき、本当に申し訳ない気持ちになりました。
父がいなければ、私が生まれてくることもなかったと思うと、
「今まで、本当にごめんなさい」
と、心から謝ることしかできませんでした。
子どものころ、父の、仕事ができず、お金を稼ぐことが出来ない姿ばかりを見て、責め続けていたけれど、私は、そんな姿を見ていたからこそ
「父のようにはならない」
と、反面教師にして生きてきました。
「お金に困る生活はしたくない」
「自分の力で生きられるようになる」
そんなふうに、強く生きようと思えたのは、父のおかげです。
父が、何もしなくても、私の人生の教科書になっていたことを思うと、「ただ、いてくれただけで、私にとって大きな価値ある存在だった」ことに気づきました。

そこから、私は、
「人は、存在するだけで価値がある」
と、心から思えるようになりました。
それまで、
- がんばったら
- たくさん誰かの役に立てたら
- 多くの人に認めてもらえたら
と、条件付きで自分に価値を見出そうとしていたけれど、本当はそんなこと、どうでも良かったんだと分かり、心がとても軽くなりました。
私が、専業主婦になって、仕事ができず、お金を稼ぐことが出来ない状況になったとき、「自分には価値がない」と思ってしまったのは、見下していた父と自分の姿が重なったからだと、そのときようやく分かりました。
だからといって、お金を稼げなかったとしても、何もできなかったとしてもいい。
私が、家族の中に、ただ存在していたら、それだけで誰かの役に立つことができていると思うのです。
変にがんばったり、肩に力を入れて仕事したりしなくても、そこにいるだけで、周りの人に対して何か影響を与えているかもしれないのだから。
そんなふうに思えてから、私は、変にがんばることをやめられたし、本当の意味で「自分らしく」生きることができるようになりました。
もし、あなたが、「自分なんて、生きる価値がない」と思ってしまうとしたら、それは勘違いです。
あなたは、そこにいるだけで、誰かの役に立っています。
それは、あなたがすごいからでも、がんばっているからでも、優しいからでもありません。
「ただ、あなただから」役に立つことができるのです。
だから、もう自分を責めたりしないで、あなたはあなたのままに生きていい。
あなたが、あなただから、この世界に存在する意味がある。
これが、私の経験から、たどり着いた答えです。
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