世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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自分なんて、生きる価値がない?|過去の経験からたどりついた答え#5

あなたは、「自分には価値がある!」と、胸を張って言えますか?

以前の私は、「人の役に立っていない自分には、生きている価値がない」と思い込んでいました。

もし、これを読んでいるあなたが、私と同じように、自分に対して無価値だと思っているとしたら、ぜひ最後まで読んでほしいです。

「私には、価値がある」と感じられるようになるはずだから。

これは、私がそう思えるようになるまでに、時間をかけて気づいていったことを書いた記録です。


私は、以前、仕事を辞めて専業主婦になったとき、

「仕事をしていない自分」

「お金を稼いでいない自分」

には、価値がないと思い込んでいました。

それまで、ずっとがんばって仕事をしていたからこそ、価値があったんじゃないかと。

だから、誰の役にも立てていない、社会に貢献することもできていない自分が、何のために存在するのか分からなくなっていた時期がありました。

専業主婦になると、お金を稼いでいない現実から、夫に依存して生きていているようにも感じて、申し訳なささえ感じていました。

でも、専業主婦だからといって、何もしていないわけじゃないのに、どうしてそんなふうに思ってしまうのか、ずっと分かりませんでした。

 

「何もしていないと、無価値に感じる」

ゆっくりすることは、悪いことなのでは?

「稼いでいないと、無価値に感じる」

誰の役にも立てていないのでは?

 

こんなふうに感じたのは、実は、一度や二度ではありません。

どうして価値がないと思ってしまうのか、自分なりに考えてみると、

  • がんばっていないから
  • 仕事していないと、お金を稼ぐことが出来ないから
  • 夫の収入に頼りきりになってしまうから
  • 自立してない自分は、情けないから

考えれば考えるほど、自分の中にあった思いが出てきました。

 

これを見て、私は、

「(自分が思う)条件を満たしてこそ、人は価値がある」

と、思い込んでいたことに気づきました。

たしかに、お金を稼いでいないけれど、家族のためにやっていることは、たくさんあります。

家庭のこと・家事・育児・子どもたちの学校に関すること、その他諸々、実は数えきれないくらいのことをやっていました。

それなのに、どうして何度も、そう思ってしまうんだろう?と思いました。

 

あるとき、潜在意識を学ぶ中で、

「人を見下してしまっていないか」という問いが飛び込んできました。

人を見下す=自分のことも見下しているということになるのだと。

私は、人を見下したことなんてないと思うけど…と思いながらも、誰かに対して、見下した過去がないかを探してみることにしました。

 

数日考えてみて、

「もしかしたら、子どものころ、父のことを見下していたかもしれない」

と、ふと、過去の出来事が浮かんできました。

子どものころ、父は病気で入院することが多く、仕事を続けることができなかったため、いつも母がひとりで家計を支えてくれていました。

病気だったから仕方なかったのに、子どものころの私は、

「どうして家計が大変なのに、入院ばかりするんだろう」

「お父さんが稼げないから、お母さんががんばるしかないんだ」

「お父さんなんて…」

と、何度も心の中で、お父さんのことを見下していた過去を思い出しました。

父なりに、やれることをやってくれていたのに、何でも父のせいにして、何度も心の中で責めていたことに気づき、本当に申し訳ない気持ちになりました。

父がいなければ、私が生まれてくることもなかったと思うと、

「今まで、本当にごめんなさい」

と、心から謝ることしかできませんでした。

 

子どものころ、父の、仕事ができず、お金を稼ぐことが出来ない姿ばかりを見て、責め続けていたけれど、私は、そんな姿を見ていたからこそ

「父のようにはならない」

と、反面教師にして生きてきました。

「お金に困る生活はしたくない」

「自分の力で生きられるようになる」

そんなふうに、強く生きようと思えたのは、父のおかげです。

父が、何もしなくても、私の人生の教科書になっていたことを思うと、「ただ、いてくれただけで、私にとって大きな価値ある存在だった」ことに気づきました。

 

大人の指を、赤ちゃんがぎゅっと握っている様子

 

そこから、私は、

「人は、存在するだけで価値がある」

と、心から思えるようになりました。

それまで、

  • がんばったら
  • たくさん誰かの役に立てたら
  • 多くの人に認めてもらえたら

と、条件付きで自分に価値を見出そうとしていたけれど、本当はそんなこと、どうでも良かったんだと分かり、心がとても軽くなりました。

 

私が、専業主婦になって、仕事ができず、お金を稼ぐことが出来ない状況になったとき、「自分には価値がない」と思ってしまったのは、見下していた父と自分の姿が重なったからだと、そのときようやく分かりました。

だからといって、お金を稼げなかったとしても、何もできなかったとしてもいい。

私が、家族の中に、ただ存在していたら、それだけで誰かの役に立つことができていると思うのです。

変にがんばったり、肩に力を入れて仕事したりしなくても、そこにいるだけで、周りの人に対して何か影響を与えているかもしれないのだから。

そんなふうに思えてから、私は、変にがんばることをやめられたし、本当の意味で「自分らしく」生きることができるようになりました。

 

もし、あなたが、「自分なんて、生きる価値がない」と思ってしまうとしたら、それは勘違いです。

あなたは、そこにいるだけで、誰かの役に立っています。

それは、あなたがすごいからでも、がんばっているからでも、優しいからでもありません。

「ただ、あなただから」役に立つことができるのです。

だから、もう自分を責めたりしないで、あなたはあなたのままに生きていい。

あなたが、あなただから、この世界に存在する意味がある。

これが、私の経験から、たどり着いた答えです。


もし、「価値がない」と感じるたびに、無意識にがんばりすぎてしまうことがあるなら、こんな気づきも書いています。

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