世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

🔎 記事を検索

“自分にしかできないこと”と、“正解のないものづくり”

※この記事は「革花作家|販売と心の記録」シリーズの第5話です。

▼ 第4話はこちら:
兄の背中を追いながら、それでも自分だけの表現を探していた頃

レザークラフトを始めたばかりの頃は、何もかもが初めてで、私はいつも兄に手取り足取り教えてもらいながら、革小物を作っていた。

1年ほど経った頃には、少しずつできることが増えて、革を縫うこともひとりでできるようになっていた。

手芸はもともと得意ではなかったけれど、レザークラフトで革を縫うのは楽しかった。
「菱目打ち」という道具であらかじめ穴をあけ、そこに針を通して縫っていくのだが、縫い方の角度や力加減によって、縫い目がきれいに整っていくのが面白くて。
どうしたらもっと美しくなるんだろう?と、何度も試すのが楽しかった。

型紙を作ったり、革をカットしたりするのはあまり得意じゃなかったけれど、それでもいつの間にか、兄から「こういうときはどう縫う?」と聞かれることも出てきた。
ずっと「兄には敵わない」と思っていたレザークラフトの中で、自分にも得意なことがあると感じられたのが、とても嬉しかった。当時作っていた革アクセサリーは、テイストの違うものばかり。自分がどんなものを作りたいというものが分からなかったからこそ模索していたころ。

作れるものは、何でも作ってみよう。形にしてみよう。

そうして、兄が作る革小物にはない“私だけのものづくり”へと発展

「私の作品」は、選んでもらえない気がしていた

この頃から、イベント出展の機会も少しずつ増えていった。
出てみると、他のイベント主催者さんから声をかけてもらえるようになり、次第に忙しくなっていった。

革小物を作るのも楽しかったけれど、心の中にはずっと、

「自分にしかできないことって、何だろう?」

という問いがあった。

イベントでは、「二人で作っているんですか?」と興味を持ってもらえることもあったし、そうやって話しかけてもらえるのは嬉しかった。
でもその一方で、「お兄さんが作ったのはどれですか?」と、何気なく聞かれることもあって、“ああ、私が作ったものは、選んでもらえないのかもしれない”と感じてしまうこともあった。

実際、並んだ作品を見比べると、クオリティの差は自分でも分かっていた。
そのたびに、どれだけ練習しても、“まだまだ”と言われているような気がして、「努力しても追いつけない」と落ち込むことも多かった。

兄は、使う人の気持ちを汲み取って、それを形にするのが本当に上手な人だった。
だから、同じようなものを作っていても、どうしても比べられてしまう。
このままずっと兄の背中を追いかけているだけでは、何も変わらないんじゃないか…?

そんな問いを、私はずっと自分に投げかけていた。

 

端革アクセサリーと、「正解のないものづくり」

その頃、私が試しに作っていたのが、端革を使った革のアクセサリーだった。
かっちりした中にも、どこかかわいらしさのあるリボンのヘアゴム。
端革だからこそ、色を自由に組み合わせることができて、型紙も自分で工夫しながら、いろんなサイズのものを作っていた。

自分に問いかけ続けていた「どうしたらいいんだろう?」の答えは、どこにも見つからなかったけれど、作っているうちに、少しずつ芽生えてきたものがあった。

新しいものを作る楽しさ。
完成までの大変さの先にある、なんとも言えない喜び。

それと同時に、「ものづくりには正解がない」ということにも気づき始めていた。

ある日、兄にこう言われた。

「レザークラフトにも大まかな作り方はあるけれど、絶対こうじゃないとダメというルールはないから。自分がやりやすい方法を探したらいいよ」

この言葉は、当時の私にとって大きな転機だった。

私はもともと、答えがあるものにはあまり興味を持てないタイプだった。
ルールが決められているだけで、なぜか急に面白くなくなってしまって、一気にやる気がなくなる。
そんなちょっと変わった性格だった。

だから、「正解がなくていい」と分かったとき――
とてつもないワクワクが体の奥からこみ上げてきた。

――自由に、何でも作っていい!

そう思った瞬間、私の中の“ものづくり”への情熱が、急に加速しはじめた。

 

「私にしかできないもの」を探して

それからの私は、思う存分、自分の作りたいものを作った。
使っていたのは小さな端革ばかりだったから、大きなものは作れなかったけれど、「今日はどんなワクワクを作りだそう?」と、そればかりを考えていた。

当時作っていた革アクセサリーは、今振り返るとテイストも方向性もバラバラ。
でもそれは、どんなものを作りたいのかが、まだ分からなかったからこその“模索”でもあった。

とにかく、作れるものは何でも作ってみよう。
気になる形は、全部形にしてみよう。

そうして生まれた作品たちは、兄が作る革小物にはない「私だけのものづくり」へと、静かに育っていった。


次回|第6話

 

関連記事

👉「やりたいこと」と「不安」が同時に現れたら、どうすればいい?              →やりたいことが見つかったのに、不安で動けないときの向き合い方   

※この頃に作っていた作品については、革花ダイアリーにて詳しくご紹介しています。

この記事は、「革花作家|販売と心の記録」というカテゴリの中の一編です。
2017年に革花を始めた当初からの、販売の葛藤や気づき、そして自分自身と向き合ってきた過程を時系列で記録しています。
革花作家|販売と心の記録

プライバシーポリシー | よくある質問 | お問い合わせ