世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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周りの人の目が気になる原因|自分が人を評価していたと気づいた話

周りの人の目が気になって、言いたいことを我慢したり、やりたいことを諦めてしまうことはありませんか。
「これって性格の問題?」「もしかして病気なのかな」と、不安になることもあるかもしれません。

私は、物心がついたころからずっと、周りの人の目を気にして生きてきました。
どう思われるか、どう見られるかが気になって、自分の気持ちを後回しにしていたのだと思います。

この記事では、周りの人の目が気になる原因は病気ではなかったと、私自身の経験から気づいたこと、そして、なぜ少しずつ気にならなくなっていったのかをお伝えします。

🎧 この記事の内容は、YouTubeでもお話ししています。
声で聞きたい方、ながらで聞きたい方はこちらからどうぞ。

人の目を気にして生きていた過去の私

以前の私は、何をするにも、真っ先に「周りの人がどう思うか」「どんなふうに見られるか」ということを考えるくせがついていたほど、人目を気にしていました。 

私がやってみたいと思ったことに対して、誰も反対したり、否定したりしないのに、なぜか周りの人の反応が一番気になっていたんです。

心の中では、「周りがどう思おうと関係ない」と思う強気な私と、「そんなことしたら、どう思われるか分からない」と不安になる私が、いつもせめぎ合っていました。

本当は、人目を気にせずに自由にやりたいことをしたり、発言したりしたかったのに、どうしても周りの目が気になって、自分の気持ちを後回しにしてきました。

人の目を気にせずに生きているように見える人を見ては、本当に羨ましくて、私もそうなりたいと思っていました。

人の目を気にする=自分が周りを評価してる?

あるとき、テレビを見ていた私は、無意識にテレビの中の人に対して「(ファッションが)ダサいな~」と思っていることに気づきました。

また別のときには、「あの人、あまり話が上手じゃないな~」と、無意識のうちに相手を評価している自分にも気づきました。

人前では口に出して言わないけれど、心の中では、知らないうちに人を比べたり、ジャッジしたりしていたんです。

そのことに気づいたとき、「私は、人から評価されるのも、良い悪いと判断されるのも嫌だったのに、同じことを自分がしていたんだ」と思いました。

そして、「私が周りの人を評価していたから、自分も同じように見られていると思い込んでいたんだ」と気づいたのです。

人の目を気にしないと言葉でいうのは簡単だけど

それなら、周りの人を評価したり、ジャッジしなければいいんだと思ってみたものの、考え方のクセはすぐには変わりませんでした。

気をつけていないと、気づけばまた同じようなことを考えてしまいます。

これは、根本的に考え方を変えなければいけないなと思いました。

私は、これまで自分がどんなときに人を評価してきたのかを、振り返ってみました。

すると、見た目や話し方など、自分自身がコンプレックスに感じていた部分を、周りの人に重ねて見ていたことに気づいたんです。

コンプレックスがたくさんあった私は、周りの人を評価することで、実は自分自身をずっと責め続けていたのだと思いました。

自分のすべてを認めたら人の目が気にならなくなった

私は、自分自身のいいところも、悪いところも含めて、全部を認めることができていませんでした。

「いいところはいい、悪いところはだめ」と、自分の中で線を引いて、悪いと思う部分は受け入れられずに評価していたんです。

それから私は、「どんな自分でもいい」「いいところも、悪いところも全部ひっくるめて私なのだから、それでいい」と、自分を丸ごと認めることにしました。

誰かを評価しそうになったときは、「もう人を評価するのはやめよう」「それが個性なのだから、いいも悪いもない」と、何度も自分に伝えました。

少し時間はかかりましたが、そうして自分のことを認められるようになっていくと、徐々に周りの言動が気にならなくなっていきました。

周りにどんな人がいても、評価したりジャッジしたりすることなく、「この人はこのままでいい」と、自然に思えるようになったのです。

人の目を気にしなくなったからこそできるようになったこと

人の目を気にしなくなってから、私の中で一番大きく変わったことは、YouTubeを顔出しでできるようになったことです。

以前から、このブログで革花の作り方を書き、動画も投稿していましたが、顔出しでの発信は、人目が気になってできませんでした。

「私が動画を出しても、興味を持ってもらえないんじゃないか」
「顔を出したら、何か言われるかもしれない」

そんな不安が、ずっとありました。

けれど、人の目を気にしなくなってから、「どんな私でもいい」と思えるようになり、やりたいと思ったことを、素直に行動に移せるようになりました。

以前の私は、見た目も話し方もコンプレックスで自信がなかったけれど、今では、私自身の考え方や思いをシェアすることで、誰かの役に立てるかもしれないと思えるようになりました。

人の目が気になっていた私は、今はもういません。

そして、一番大切なのは、自分基準でものごとを見るということ。

周りの誰かがいいと言うからいいのではなく、自分がいいと思うからいい、という考え方です。

そう思えるようになると、周りの人に対しても、何をやっていても「いいじゃん」と、肯定的な目で見られるようになっていきました。

さいごに

人の目を気にしているときは、知らないうちに、誰かを評価したり、ジャッジしたりしてしまっていることがあります。

まずは、そんな自分がいることを認めて、「もうやめる」と決めること。

そして、「何をしてもいい」「どんな私でもいい」と、自分自身を許してあげられたら、今よりずっと生きやすくなると思います。

無意識の思いに気づくのは簡単ではないかもしれませんが、「そういうところがあるかも」と思えたなら、それだけでも大きな一歩です。

この文章が、自分自身を見つめ直すきっかけになれば嬉しいです。

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