世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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苦手な人が現れる理由|被害者意識に気づいたら人間関係が変わった話

苦手な人に悩んでいた頃の私

私は、子どものころから、人の好き嫌いが激しかったように思います。

自分に対して、嫌味なことを言う人。
バカにする人。
いじめる人。

理由を挙げればキリがないけれど、そういう人に出会うたびに、心がざわついていました。

「どうして、こういう人に出会うんだろう?」
「会いたくないのに……」

そう思いながら、顔を見るのも嫌だと感じるほど、強い嫌悪感を持っていた時期もあります。

けれど、ここ数年。
「嫌な人だな」と思う人が、自分の周りにいないことに気づきました。

正確に言うなら、出会わなくなった、という感じかもしれません。

私が、嫌な人に出会わなくなったのには、理由があると自覚しています。

それは、自分自身を見直したからです。

嫌な人の原因は、相手にあると思っていた過去

過去の私は、周りにいる嫌な人は、「相手が悪い」と決めつけていました。

性格がきついから。
言い方がきついから。
私のことを、ものすごく嫌っているから。

そう考えては、
「私、ひどいことされてない?」
と、落ち込んで泣いてばかりいました。

もちろん、中には、私の失敗が原因だったこともあります。

それでも当時の私は、素直に受け入れることができませんでした。

「そんな言い方しなくたっていいじゃない!」
と、心の中で文句を言っていたのを覚えています。

今の私が、過去の私に会ったら、
「なんてひねくれているのかしら」
と思うかもしれません。

(過去の私と関わってくださったみなさんには、全力で謝りたいです)

自分を見直したことで見えてきたこと

自分を見直すきっかけになったのは、結婚してからのことでした。

夫から、
「人のせいにするクセは、やめたほうがいい」
と、何度か言われたのです。

最初は、まったく受け入れられませんでした。
「そんなことしていない」と思っていたし、言われるたびに腹を立てていました。

けれど、ある日ふと、
「〇〇が〇〇したから」
と心の中で考えている自分に気づいたのです。

その瞬間、自分が無意識に、誰かのせいにしていたことを、はっきり自覚しました。

そこから、
「ちゃんと自分を見直そう」
と思うようになりました。

自分の姿や言動は、自分では見えません。
無意識に考えていることも、他人に指摘されて、初めて気づくものです。

とはいえ、最初はつらかったです。

自分の嫌な部分を認めるのは苦痛で、見ないふりをしたくなったし、自己嫌悪にもなりました。


あるとき、たまたま目にしたYouTubeで、
「世界は、自分が思ったようにできている」
という話を聞きました。

正直、最初は受け入れがたかったです。

私は、嫌な人に出会いたいなんて思っていない。
嫌な出来事が起きてほしいわけでもない。

それなのに、それが自分のせいだなんて、と思いました。

でも、
もし「世界は自分が思ったようにできている」という前提で見たらどうだろう。
そう考えて、過去を振り返ってみたのです。

私は、嫌な人に対して、こんなふうに思っていました。

  • 嫌な人は、性格がきつい

  • 嫌な人は、言い方がきつい

  • 嫌な人は、私のことを嫌っている

そこで、主語を「私は」に置き換えてみました。

  • 私は、性格がきつい

  • 私は、言い方がきつい

  • 私は、私のことが嫌い

このとき、はっきり分かりました。

嫌な人だと思っていた相手は、私が自分に向けていた目、そのものだったのです。

周りの人に向けていた言葉は、すべて、自分自身に向けていた言葉でした。

この気づきから、
【周りの人=自分の一部】
という考え方を、受け入れざるを得ませんでした。

私はずっと、自分のことが好きではありませんでした。

自分に自信がなかったし、
「どうしてこんなこともできないんだろう」と、自分を責めることばかりしていました。

だから、周りの人に対しても、無意識に厳しい目を向けていたのだと思います。

自分の欠点を認められないから、それを映し出す鏡のような相手が、どうしても嫌だった。

現実を見るのがつらくて、顔も見たくないと思っていたのです。

この考え方については、別の記事で少しだけ深く書いています。
今回の話と重なる部分があるので、気になったらどうぞ。

▶︎ 周りの言動は自分の写し鏡|鏡の法則から見たネガティブな現実を変えた方法と変化

考え方が変わると、人間関係も変わる

このことに気づいてから、考え方を変えました。

周りの人に対して、少しでもネガティブな感情が湧いたとき。

それを、
「自分のことかもしれない」
と受け取るようにしたのです。

たとえば、話しかけたときに、相手がそっけない態度を取ったとします。

以前なら、
「嫌な態度を取られた」
と思っていました。

でも今は、
「自分にも、そういうところがあるかもしれない」
「気をつけよう」
と、自分に向けて考えます。

相手を責める視点から、自分を見直すヒントとして捉える視点へ。

そうすると、不思議なことに、
「嫌なこと」が減り、
「嫌な人」が、周りに現れなくなりました。

私には、この考え方が合っていました。

周りの人=自分の一部と考える

【周りの人=自分の一部】
そう考えるようになってから、私は、嫌な人に出会わなくなりました。

それと同時に、自分を責めることも減り、生きづらさから、少しずつ抜け出すことができました。

人間関係の対処法として、「距離を取る」「相手にしない」と言われることは多いです。

それも、必要なときはあります。

ただ、私の場合は、本来見直すべきだったのは、相手ではなく、自分でした。

もし、心に余裕があるなら。

目の前にいる人を、「自分自身の一部かもしれない」と思って見てみてください。

そして、自分に向けるように、大切に、優しく接してみてください。

あなたの人間関係は、きっと、静かに変わっていくはずです。


ここまで読んでくれた方の中には、「頭では分かるけど、自分の場合はどうなんだろう?」そんなふうに感じた方もいるかもしれません。

私はときどき、少人数で静かに話す「おはなし会」を開いています。

答えを出す場所ではなく、自分の気持ちや出来事を、そのまま言葉にしてみる時間です。

もし、誰かに話してみたいと思ったタイミングがあれば、のぞいてみてくださいね。

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