今年の7月末で、革花アクセサリーの販売をやめて、もうすぐ2か月になろうとしてる。
販売をやめた後、それからどうなっていくのかなんて、まったく分からなくて、不安や心配でいっぱいだった。
収入をどうしようか、今の私に何ができるかって、毎日考え続けたけれど、答えは分からないまま時間だけが過ぎていった感じ。
だけど、それまでの8年間、ずっと革花を作って、アクセサリーにして販売するというのが当たり前になりすぎていて、そんなことを考える余裕もなかったんだろうなぁ。
時間ができてからというもの、革花の作り方を書いて、動画も公開して、ブログも書いてと、とにかく毎日何かしらやってないと怖かった。
販売をやめようと思ったのは、今年の3月のこと。
あの時は、正直、「もう作りたくない」と思ってた。
何年もかけて作ってきた革花を、見ることも、考えることもできないくらい、多分、心が病んでしまっていた。
それから、毎日、革花を作ること以外で、何か自分にできることを考えていたんだけど、何かやろうとしてもうまくいかない。
一時的に楽しいと感じても、革花を作っていた時ほど、情熱が湧かない。
これって何なんだろう?と自分に問いかけてみても、感じたことのない無力感から、答えが出ることはなくて。
あぁ、自分の行こうとしている道を、コントロールしようとするからうまくいかないのかというところにたどり着いた。
必死にもがいて抵抗して、どうにかして人生をよくしようと思うと、肩に力が入ってしまうし、目の前の現実をどうにかして変えよう、いい方向に向かうようにしようと、やらなくていいことをやってしまう。
それに気づいてから、抵抗するのをやめて、とりあえず、私にできることだけをやろうと思った。
毎日ブログで発信すること。
過去の自分を振り返ることで、あの時こんなことがあったなと、人生を学びなおしてみた。
そうしたら、当時感じていたすべてに意味があると気づいた。
数年経って、この出来事があったから、今こうしていられるんだということが分かると、その出来事の意味が鮮明に見えてきた。
それを、ずっと続けていくと、自分という人は、どんな人なのか、どういうことをしている時が一番楽しいのか、情熱が湧くことは何なのかが分かるようになってきた。
私は、私自身を、あまりいい人間ではないとずっと思ってた。
自己主張が強くて、性格がきつくて、わがままで、協調性がなくて…と、挙げればきりがないほど、自分の悪いところばかりがあるように感じていた。
でもそれは、私の外側にいる人たちから見た私に対する評価であって、本来の私ではないのでは?と考えるようになった。
私って、本当にそんなに人から嫌われるような性格なのかな…
じっくり考えていくと、そうでもないかもしれない。
私は「自分がこうしたい」という思いに正直だ。
自分の気持ちにまっすぐだし、自分に嘘をつかない。
自分で決めたことは貫く。
周りの人の声に決して流されない。
自分が「こうしたい!」と思った先の行動力には爆発的なエネルギーがある。
…子どもの頃から、家族や友人、恋人、先生などから、「人に合わせられない」「協調性がない」とさんざん言われ続けてきた私は、ダメ人間、社会不適合者なんだと決めつけていた。
けれど、蓋を開けてみれば、「自分らしく生きているだけ」に過ぎなかった。
自信を無くす必要なんてなかったのに、周りの評価にばかり耳を傾けて、世界に馴染もうとばかりしてた。
そうしようと思えば思うほど苦しくて、自分が生きている意味を探したり、心底生きづらいと思ってた。
生きるって、こんなに苦しいことなんだなって、ずっと思ってた。
でも、自分のことを、ちゃんと自分視点で見れるようになったら、周りの言葉なんて関係ないじゃん、自分のために生きよう!と思えるようになった。
ブログで、過去を学びなおしていったら、そんな変化に気づいた。
そして、なんだかんだいって、ちゃんと自分らしく生きられるように人生が流れてきたんだと分かると、これまでの出来事すべてに感謝できた。
「変わった人」だというレッテルも、「協調性がない」という固定観念も、もうどうでもいいやと思えるし、やっと、自分らしく生きていいと自分に言ってあげられる。
ここまでくるのに、本当に長かったな…。
それから、販売をやめて、仕事らしいことは何もしないまま、ブログを書き続けた先にふと浮かんできた思いは、「革花を探求し続けたい」ということ。
販売をしていた時に、一番つらかったのは、「こんな色にしたい」「こんなデザインにしたい」という思いを抑え込んで、作品を手に取ってくれる誰かのためだけに作っていたこと。
お客さまのために作るのが嫌だというのではなく、そこに「自分がやってみたい」という思いを入れることなく作っていたから、苦しくて仕方なかったんだと気づいた。
だから、これからは、私が作りたい、探求したいと思うようにやっていこうと思う。
それは、販売するための作品を作ることではなく、「作りたいものを作る」という意味で。
誰かのためではなく、私のためだけに作る革花を、これから作っていきたい。
これから、どうなっていくかなんて、未来は誰にも分からないけど、自分で切り拓いてきた道を、私はただただ目の前にある雑草をかき分けながら歩いていくだけ。
そこに道がなくても、進んでいけば、いつか広い世界に出る日が来るかもしれない。
さ、ここからが、人生本番。
