
頑張らない生き方とは?
「頑張らない生き方」とは、どういう生き方のことを言うのでしょうか。
頑張らない方法と一言で言っても、それは、頑張り屋さんには分かりづらいことかもしれません。
私が思う「頑張らない」とは、「~しなければならない」「こうあるべき」という思いをすべて手放すことだと思っています。
頑張らないというと、すべてのことに脱力して、やる気を失った状態のように聞こえるかもしれないけれど、そういう意味ではありません。
この記事では、力の抜き方、楽な生き方があるはずなのに、なかなかそこに辿り着けなかった私が、今「頑張らない生き方」をするようになったからこそ言えることを書いていこうと思います。
私たちはなぜ頑張りすぎてしまうのか
私たちは、生まれてから数年後、幼稚園や学校という社会に出た途端、ルールの中で生きるようになりますよね。
それは、みんなが仲良く、笑顔で過ごすためのものですが、このルールこそ、人が「こうあるべき」という思い込みにつながる第一歩なのではないかと私は思っています。
もちろん、ルールに反対しているのではありません。
けれど、みんなが同じ考えをもって、同じように行動する、ということに対して、「人はこうあるべきだ」と、みんなを同じ枠の中に当てはめてしまうことが、
- 人と違ってはいけない
- 人と違ったらだめなヤツだ
という考えにさいなまれる原因なのではないかと思います。
そこからズレないように、枠からはみ出てしまわないようにとするあまり、「頑張る」という行動につながっているのではないでしょうか。
頑張っていることと、心が喜ぶことの違い
「頑張る」というと、一見、一生懸命に、ひたむきに行動する良いことのようにも聞こえます。
けれど、反面、肩に力が入りすぎている状態のように感じています。
それは、過去の経験があったからです。
たとえば、【自分自身が大好きで、楽しくてやっていること】は、
- 無意識にやってしまう
- 誰かに止められても、楽しくて仕方がない
- 時を忘れて何時間でも没頭してしまう
- ずっとやっていたくなる
- ウキウキ・ワクワク
- 次は、こうしてみよう!とアイディアが湧く
それが、【頑張ってやっていること】だと、どうでしょう。
- やりたくないことを我慢してやっている
- やる前から、心の中でブツブツ言ってしまう
- 「私じゃなくてもいいじゃん」と感じる
- やってもやっても終わらない感覚
- 楽しくない・テンションが下がる
- どうやったらやめられるかを無意識に考えてしまう
- 心の中で「やりたくない」と思っている
このように、楽しくてやっていることと、頑張ってやっていることでは、心も体も反応がまったく違ってきますよね。
私が過去に頑張っていたことを思い返すと、いくつもありました。
たとえば、人間関係。
たとえば、仕事。
たとえば、家事。
人から嫌われないようにと無理をして人付き合いをしたり、やりたくないことを必死にこなしたり、キャパオーバーなのに全部自分で抱え込んだりしていました。
比べることをやめたとき、気づいたこと
世の中を見ると、みんな同じように頑張っている人がたくさんいます。
けれど、私はあるとき気づきました。
私は、自分の基準ではなく、周りの基準で生きていたのだと。
「周りもやっているから」
「普通はこうだから」
「できない私はだめだから」
そうやって、自分を比べ続けていました。
でも、同じ環境に生まれたわけでもない、同じ人生を歩んでいるわけでもない人と比べたところで、何になるのでしょうか。
キラキラして見える人も、その人生のすべてがキラキラしているわけではありません。
私たちは、表面だけを見て、自分を否定してしまっているのかもしれません。
私が思う、頑張らない生き方
もし、今のあなたが、とても頑張っているのに心が疲れているとしたら、自分に問いかけてみてください。
それは、本当にやりたいことですか?
それとも、周りと比べて頑張ってしまっているだけでしょうか?
私が思う「頑張らない生き方」は、
自分の基準で、自分らしく生きること。
人と比べてどうかとか、常識でどうかとか、そんなことは関係ありません。
大切なのは、肩の力を抜いて、自分ができる範囲でやること。
できないことを無理にできるようにならなくていいし、できることを楽しめばいい。
私も、そうしてきました。
それだけで、肩の力が少し抜けて、
「頑張らなくてもいい」と思えるようになったのです。
誰かになる必要はない。
私は、私のままでいい。
それが、今の私の頑張らない生き方です。
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