世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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やりたいことが見つかったのに、不安で動けないときの向き合い方


何か「これがやりたい!」と思ったときに、なぜか同時に湧き上がってくる不安。
本当にやりたいことが見えてきた瞬間なのに、どうして一歩を踏み出すのがこんなにも怖くなるのだろうか。

今回は、私自身の体験も交えながら、「やりたいこと」と「不安」との向き合い方について綴ってみようと思う。

🎧 このテーマについて、ラジオでもお話ししています。
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やりたいことが見えたとき、不安で動けなくなる理由とは?

人はなぜ、「やってみたい!」と思ったときに、ワクワクと不安の両方を感じるのだろうか。

ふだん当たり前にやっていることや、慣れた習慣の中には、ワクワクも不安もない。
ただ、淡々と「やれる」状態にあるものだ。

でも、いざ「これがやってみたい!」と強く思ったとき──
たとえば、それが人生の選択に関わるようなことであれば、心の中からいろんな声が聞こえてくる。

「でもなぁ……」
「現実はそんなに甘くないよ」
「それって、お金になるのかな……?」

そして、そんなときに限って、普段なら考えもしないようなことまで深く考えたり、行動する前から「いや、やっぱり無理かも」と結論を出してしまったりする。

私自身も、これまで何度もそういう場面を経験してきた。

けれど今は、その理由が少しだけわかる気がしている。
それは、人は“自分が見たいと思ったところしか見えないようになっている”からだ。

不安に意識が向くと、やりたいことが見えなくなる

ここで少し、たとえ話をしてみたいと思う。

スマホで写真を撮るとき、一番見せたいところにピントを合わせると、他の部分は自然とぼやけて見えにくくなる。
実はこれ、私たちの思考の働きととてもよく似ている。

「できるかな」「失敗したらどうしよう」「お金にならなかったらどうする?」
そんな不安のほうに意識が向いてしまうと、本当は見えているはずの「やってみたい」という気持ちや、その先にある可能性まで、全部ぼやけて見えなくなってしまうのだ。

不安だから、不安に結びつくことばかりを探してしまう。
一生懸命に“できない理由”を見つけようとしてしまう──
それって、とてももったいないことだと思う。

もしかしたら、その「やってみたい」の先には、これまで感じたことのないようなワクワクがあるかもしれないし、自分だけが出会える、夢中になれる何かが待っているかもしれない。

もちろん、頭ではそうわかっていても、なかなか切り替えられないこともある。
私も何度もそうだった。

でもあるとき、こう思ったのだ。
「じゃあ逆に、この“見たいものしか見えない”という性質を、味方につけてみたらどうだろう?」

「やってみたい」の気持ちにフォーカスを合わせるだけで変わる

大事なのは、とてもシンプルなことだ。
不安を見つめるのではなく、“やってみたい”という気持ちに意識を向けること。
それが、最初の一歩になる。

やってみたい気持ちの周りには、きっと不安も怖さもあるだろう。
でもまず、「あ、私、これやってみたいんだ」と、その気持ちに自分で気づいてあげることが何より大切だ。

すると、自然と心の中で問いが生まれてくる。
「じゃあ、これをやるにはどうしたらいいんだろう?」
「何が必要なんだろう?」
「どんな準備があればできるのかな?」

そうやって、“やりたい”にフォーカスすることで、思考も行動もそちらに動き出す。

夢中になって何かをしている人がキラキラ見えるのは、その人が最初に「やってみたい」と思った瞬間に、そこへフォーカスしているから。

その不安は本物?やりたいこととのズレを見極める方法

ただ、ひとつ気をつけておきたいことがある。
それは、「やりたいこと」と一緒に出てきた不安が、本当に“自分のやりたいこと”に対して出てきているものなのか?という点だ。

たとえば──
誰かの成功した姿を見て、「いいなぁ、自分もあんなふうになれたら…」と思うことがある。
その憧れから、「やってみたい」と感じることもあるだろう。

でも、それは本当に“自分の中から生まれた想い”なのだろうか?

誰かの「今」だけを見て、「もしかしたら私にもできるかも」と思って始めたことは、続けていくうちに、少しずつズレや違和感を感じるようになることが多い。

なぜなら、その人は私じゃないからだ。
その人の中にある情熱や原動力は、私の中には存在しない。
形だけを真似しても、気持ちが伴っていなければ、どこかで手が止まってしまう。

大事なのは、自分の中に浮かんだ“小さな声”を聞くこと

本当に大切なのは、自分の中からふっと浮かんできた「やってみたい!」という小さな声に、きちんと耳を傾けることだ。

誰かの正解をなぞるのではなく、“自分だけの願い”に気づくことが、何よりも重要だと思う。

その小さな声から生まれた「やってみたい」は、きっと無理に頑張らなくても自然と続いていくし、夢中になれるはずだ。

やりたいことが見えた私が、販売をやめて選んだ新しい道

実は、今の私は、ここまで綴ってきた内容とまったく同じ状況にいるところだ。

9年間続けてきた革花の販売を終え、作り方のすべてを出しきった今、新たに「書くこと」や「話すこと」で伝えていきたいという気持ちが、心の奥から湧いてきた。
そして今こうして、その思いに正直になり、声で届けるという形に挑戦している。

正直に言うと、販売をやめると決めたときは、本当に怖かった。
長年支えてくれた方々への申し訳なさもあったし、「これからどうやって暮らしていこう」「子どもを育てながら大丈夫だろうか」という現実的な不安もたくさんあった。

それでも私は、「発信したい」という純粋な気持ちにフォーカスすることを選んだ。

周りがどうこうではなく、“自分の願い”に正直に進む

今こうして発信を続けているのは、誰かのため…という想いもある。
けれどそれ以上に、「私という一人の人間の願いを叶えるため」にやっていることだ。

誰かに認められたいからではない。
まわりに評価されたいからでもない。
ただ、自分の中にある「やってみたい」という気持ちを、まっすぐに受け取って動いているだけだ。

こうして一歩を踏み出せているのは、これまで積み重ねてきた9年間の経験があるからこそ。

まったくのゼロスタートではなく、試行錯誤してきた時間が、私の確かな土台になってくれている。だから私は、今この瞬間の「自分の声」を信じて、歩いていこうと思っている。

不安と一緒に進む。“やりたい”に意識を向けて生きていこう

不安があること自体は、決して悪いことではない。
経験のないことに挑戦しようとするとき、不安が出てくるのは、むしろ自然な反応だ。

ただ、その不安ばかりを見つめ続けてしまうと、心が萎縮してしまい、なかなか動けなくなってしまう。

だからこそ、“やってみたい”という気持ちのほうに、意識を向けてみてほしい。
フォーカスする場所を変えるだけで、ほんの少しずつ、見える景色が変わってくるはずだ。

もしかしたら、あなたの中に生まれた「やりたい」という思いは、これからの人生を大きく変えるような経験につながっていくかもしれない。
あるいは、他の誰にも味わえない、あなただけの大切な物語のはじまりかもしれない。

何もチャレンジしないまま、“当たり前”の日々を過ごすより、「こんなこともやってみた」「あんなことにも挑戦してみた」と、たくさんの経験を語れる人生のほうが、ずっと豊かで面白い。

だから、怖がらずに。
あなたの中にある“やってみたい”という小さな声を、どうか大切にしてあげてほしい。

おわりに

「やりたいこと」と「不安」は、いつだって一緒にやってくる。
けれど、どこに意識を向けるかで、見える景色は確実に変わっていく。

この文章が、あなたの「やってみたい」の背中を、そっと押すきっかけになれば嬉しい。

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