世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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他人を認められないのは、自分を認めていなかったから|自己否定を手放すヒント

 

あなたは、日常の中で、自分の考えとは違う人の言動や行動に対して、それを受け入れられずに否定してしまうときがありませんか?

その気持ちの奥には、もしかしたら「自分自身を厳しく見ている心」が隠れているのかもしれません。

 

若かりし頃の私は、周りの人に対して、何かにつけて「こうあるべき」という否定的な考え方を強く持っていたように思います。

口に出すことはしなかったとしても、心の中では

「どうしてこうしないんだろう」

「どうしてこの人はこんななんだろう」

と、ことあるごとに相手を責めるようなことを考えていました。

相手に対して「考え方がおかしい」と全否定していたことだってあります。

けれど、反面、自分が責められるのも怖いというような、正反対の気持ちも持っていました。

だから、何か意見を言うときには、何度も考えて、否定されないように、色々言われないようにと熟慮してからしか意見を言えませんでした。

否定されようものなら、落ち込んで、立ち直るまでにかなり時間がかかっていたほどです。

 

世間では、よく言いますよね。

「完璧な人なんていないんだから」と。

私も、そう思っていました。

けれど、私は自分のことを「何だってちゃんとできている」と思い込んでいたのです。

だから、無意識のうちに周りの人と比べて相手を下に見て、自分の方が上だと優越感を感じていたのだと思います。

でも、実際のところはどうでしょうか。

私は、何でもできていると言えるほど器用ではなかったし、得意なことより不得意なことの方が多かったのです。

それに、自分のことをかなり美化して見ていました。

私のことをいつも見ている家族からすると、できていないことが多かったり、自分がイメージしていた以上にできていなかったりした現実を知って、ハッとさせられたこともありました。

 

今になって思うのは、私が私のことを認めていなかったということ。

私は、昔から「こうあるべき」「こうすべき」という完璧主義な考え方を強く持っていました。

だからこそ、できない自分はだめな人、失敗するなんて恥ずかしい、格好悪いところなんて見せられないという思いが、いつも自分を抑えつけていたように思います。

今思えば、完璧な自分でいなくちゃ、ちゃんとしていなきゃと、自分を必死に抑え込んで、表向きの私は「完璧に見られたい」と、どこか肩の力が入っていたのかもしれません。

 

私は、このブログで

「周りにいる人=自分」

ということを、何度も書いています。

人の劣っている部分、できていない部分などは、できていること以上によく目につくものです。

そのとき、つい、相手のことを責めてしまいがちですが、一旦よく考えてみてください。

「自分にも、同じようなところがないかな?」と。

今の私には、簡単にできることでも、相手にとっては初めてのことかもしれない。

昔の私も、できなかったかもしれない。

自分にとって簡単なことでも、相手には苦手なことかもしれない。

そんなふうに視点を変えてみると、できないことは仕方のないことなのかもしれないと思えませんか?

自分にも、苦手なこと、得意なことがあるし、できること、できないことのどちらもあります。

だとすると、自分とまったく同じ人はどこにもいないのだから、「何でも(完璧に)できる」なんてことはあり得ないんですよね。

それなら、できること、できないこと、全部ひっくるめて丸ごと全部認めてあげたらいいんじゃないかと思うのです。

だって、何でも完璧にできそうなAIでさえ、完璧ではないから。

 

人間は、ひとりひとり違うからこそ面白いし、個性が引き立つのだと思います。

その個性の中に、得意不得意、できること、できないことがあって、だからこそ「仕事」という得意を生かせるものが存在するのだから、なくてはならないものですよね。

そんなふうに考えられるようになってから、私の人生は、とても心が軽くなっていきました。

私は、完璧である必要はない。

私は、不完全な私のままでいい。

私という人は、この世界にたったひとりの貴重な存在。

これが、誰しも当てはまる世界なのだから、変わる必要がないし、そのまま全部認めてしまった方が、自分自身にとっても、周りの人にとっても心地いい世界なのです。

 

もし、これから先、周りにいる誰かに対して、イライラしたり、否定したい気持ちが出てきたときには、その気持ちを抑えようとするのではなく、

「自分にも、できていない部分があるかもしれない」

「この人のすべてを認めよう」

そんなふうに、心の中で認められたら、とても心が軽くなります。

自分を認められたら、周りの人を責めなくなるし、何より、自己否定することもなくなります。

それに加えて、周りの環境がガラッと変わっていきます。

イライラすることが減り、互いに認め合えるからこそ、苦手な部分はサポートしたりしてもらえたりと、本当にいいこと尽くしです。

 

とても簡単なようで、実は、自分を認めるって結構難しいものです。

でも、まずは自分や誰かを否定しそうになったら、それに気づき

「周りの人は、自分」

「丸ごと全部、認めよう」

と、心の中で自分自身に伝えることで、必ず変化していきます。

今日から、少しずつやってみて、ぜひ変化を体験してみてください。


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