
はてなブログで記事を書き始めてから、約1年。
革花の専門書として書き始めたこのブログは、
いつの間にか、私自身が「どう生きたいのか」という足跡を残すための場所になりました。
革花の販売をしていたころから書いていたブログだけど、
販売をやめて、何の肩書きもない「ただの人」になったとき、
最初にやったことが、過去を振り返ることでした。
➡ 販売と心の記録
革花を作りたい!という探求心と情熱だけで8年間作ってきたけれど、
その時間は、私にとって単なる8年ではなく、
人として根本から見直すための時間だったんですね。
それまで出会うはずのなかった人たちに出会い、
たくさんの刺激を受け、そして考え、行動する。
きっと、ハンドメイドをしていなければ
考えもしなかったようなことばかりだったと思います。
誰かと自分を比べて落ち込んだり、
劣等感を感じたり、
超えられそうもない壁にぶつかったり。
本当に大変なことが、たくさんありました。
だけど今になって思えば、
それは人としての器を大きくするためであり、
未熟だった私自身の考え方を見直すためにも
必要な時間だったんだと思います。
そこで学んだことを、
ものづくりをしている人へ向けて書いたのが
【ものづくりで生きるということ】でした。
このブログは、
私が独学で作り上げてきた革花の技術を伝えるために
書き始めたものですが、
いつの間にか、作家としてのリアルな背景も
描くようになりました。
ものづくりは誰でもできる。
でも、誰でもできるから簡単というわけではないということ。
ものづくりで生きるってどういうことなのか。
表舞台のキラキラしたところだけを見ている人たちに対して、
裏側では、こんなこともあるのだと
知ってほしい思いがありました。
思えば、初めてハンドメイドイベントで出展したとき、
私の作品を見て「ガラクタだ」と言われたあのとき。
何とも言えない感情が腹の奥底からわいてきたのだけど、
あの一言がなければ、
きっと8年間も続けられなかったというのが
正直なところです。(笑)
ものづくりって、
自己完結してしまう小さな商売だけど、
相手(お客さま)は見えないところにたくさんいて、
その人たちからの言葉が
栄養になったり、
矢になって飛んできたりもする。
それでも、その矢を受けて、
刺さった痛みがあるからこそ、
自分で傷を治す術を知り、
盾を持とうと考える。
その繰り返しの中で、
自分という人間が成長していくところが直に感じられて、
「生きている」という実感がわく。
悔しさが原動力にもなるし、
嬉しさが自分をだめにすることだってある。
本当に、面白い世界なんです。
ものづくりで生きるということを書き始めてから、
私は、自分を見失っていたことに気づきました。
そして、
「生きるとは何なのか」について、
深く深く考えるようになりました。
40代半ばになり、
情熱を持ってやっていた革花をすべて辞め、
私は、「ただの人」になりました。
革花作家として生きていた8年間。
その肩書きが、
いつの間にか私にとって
重い荷物のようにのしかかっていたようで、
「自由に生きたい」
「そのままの自分で生きたい」
そう思うようになったのです。
何も持っていないからこそ、
ひとつのことを極めたい思いで
必死に作ってきた革花の時間は、
もちろん私にとって宝物。
だけど、
もう十分やりきった、
がんばったと心から思えるまで
存分にやったから、
やめることができました。
といっても、
完全にやめるまで7か月も
かかったんですけどね。
革花をやめてからの私は、
本当に空っぽでした。
毎日が空虚に感じられて、
生きるって何なのかと
ずっと考えていました。
同時に、
革花が私にとって
生きがいそのものだったんだ
ということも分かりました。
それでも、
もう革花を作りたいとは思えなくなっていて、
私の中で革花は
過去形の表現しかできなくなっていました。
革花が、
いつの間にか
私の鎧みたいになっていたから。
「もう過去の私とさよならしよう」
そう思って、
脱ぐことに決めたのです。
それを書いているのが、
【ただ、生きるということ】です。
このブログを初期から読んでくださっている方は、
きっと、
私の文章の温度感が変わったことに
気づいていると思います。
書き方が少しずつ柔らかくなっていったこと。
肩の力が抜けてきていること。
肩書きがなくなって、
「ただの人」として生きるようになったこと。
少しずつ、
今まで着ていた鎧を脱いで、
「本当は、こう生きたかった」という
私になっていっている最中です。
ブログを書き続けていくうちに、
「本当はどう感じているのか」
「自分は何者なのか」
何度も考えさせられ、
そのたびに立ち止まってきました。
革花を作っていない私が、
このブログを書き続けてもいいのかなと
思わない日はありません。
それでも、
人生のストーリーを通して
私という人を知ってもらえることは、
何より嬉しいことです。
以前と違うのは、
目標がないこと。
ただ、生きていることに感謝して、
目の前の現実を
純粋に楽しんでいるということ。
子どものころみたいに、
面白いことをして、
たくさん笑って、
自分と向き合って、
自分を大切にする生き方。
誰かを喜ばせるより、
まずは自分を喜ばせる。
そうしていたら、
いつの間にか、
毎日幸せだな~と
じんわり感じるようになりました。
ブログを書いている私は、
色んな意味でちょっと格好つけていますが(笑)
誰かに何かを教えられるような人ではありません。
それでも、
いろんなことがあっても、
今はこうして幸せに生きているという姿を
見せることができたなら、
今どん底にいても、
「きっと大丈夫」
そう思ってもらえるんじゃないかと
思っています。
人って、
表向きでは何も分かりません。
笑っていても、
心から幸せじゃない人は
たくさんいます。
苦しいこと、
悲しいこと、
つらいこと。
生きていれば、
超えられそうもない出来事が
何度も訪れます。
でもそれは、
決して試練ではなく、
その先の幸せに向かうための
試験みたいなもの。
そして、
「もう合格できそう」だからこそ、
その出来事は訪れているのだと
私は思っています。
だからこそ、
諦めずに立ち向かう強さを
持ってほしいのです。
こうして振り返ってみると、
私はずっと、
「ブログを続ける意味」を
探していたのだと思います。
革花の専門書として始めたこのブログは、
いつの間にか、
私自身の人生を確かめる場所になっていました。
いろいろ悩んで、
ブログを続けるかどうかも
迷ったけれど、
これからは、
「私という人の人生史」として、
このブログを書き続けていくことにしました。
こんなふうに迷いながらですが、これからもここに書き続けていこうと思います。
よかったら、また読みに来てください。