世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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ただ、生きるということ

心を整えたい人へ|kaoとのおはなし会のお知らせ

生きづらさを抱えてきた経験を生かし、心に寄り添う「体験おはなし会」を始めました。 自分らしさを取り戻したいと感じている方へ、安心して話せる場所をそっと開いています。 必要なときに、あなたの気持ちを聞かせてください。

朝のウォーキングで心が整う理由|「無」の時間がくれる静かな幸せ

日の出前の空の下で歩く時間は、私にとって心を整える大切な習慣です。五感で季節を感じながら無になって歩くことで、考えすぎる癖が静かにほどけていきました。朝の少しのウォーキングが、気持ちのリセットと内面の静けさを取り戻してくれます。

自分の気持ちを話そうとすると涙が出てしまう理由|我慢しすぎた心が出したサイン

自分の気持ちを話そうとすると涙が出てしまうのは、心が疲れているサインかもしれません。喉が詰まって言葉にならなくなった私の実体験をもとに、原因と抜け出し方をまとめました。話したいのに泣いてしまう理由が知りたい方に。

やりたいことが見つかったのに動けない理由|反対の声の正体と心との向き合い方

やりたいことが見つかったのに、心の声の「やめておいたほうがいいよ」で動けなくなることがあります。 この記事では、その反対の声の正体と、怖さと向き合いながら少しずつ前に進むための心の整え方を、私の体験を交えてお話しします。

外側(見た目)より内側(心)を大切にする生き方|自分を後回しにしないために心が整う習慣

外側(見た目)ばかり気にしていた私が、内側(心)を最優先にする生き方へ変えたことで起きた小さな変化について書きました。自分を後回しにしないことの大切さや、心が整うことで毎日が穏やかに変わっていく過程をお伝えします。

がんばらない生き方|1日3時間仕事で心を取り戻す方法

がんばりすぎていた私が始めた実験、「1日3時間しか仕事しない」。 手放してみて初めて分かった、本当の自分で生きる心地よさ。 がんばらなくても喜ばれる生き方とは。

なぜがんばるのか?|がんばりすぎて疲れた私が気づいた、頑張らない生き方

「がんばる」が当たり前だった私。 どれだけ努力しても心が満たされず、ようやく気づいた“がんばらない生き方”。 疲れた心をゆるめたいあなたへ。

生きづらさの正体|人の目が気になってしまう時に心が少し軽くなる考え方

人の目が気になってしまう。比べてしまう。そんな自分が苦しくなる日があると思います。 昔の私もそうでした。この記事では、私が感じていた生きづらさのことと、そこから少し心が軽くなったきっかけについて書きました。

話したいのに話せない。そんなとき、心の中で起きていること。|自己対話

言葉にできない思いを抱えていた頃のことを振り返っています。心の中で続いていた静かな対話と、やわらかく戻ってくるまでの時間について。必要なときに読んでもらえたら嬉しいです。

ただ、生きるということ|本当の自分に戻るまで(まとめ)

革花を8年間作り続けてきた中で、私は「どう生きたい?」という問いに向き合うことになりました。 このカテゴリでは、私が実際に辿った心の変化を記録しています。 うまく生きるのではなく、“自分として生きる”こと。 その過程をそっと残しています。

「ありのままの自分で生きたい」と思った私が見つけた心からやりたいこと

ずっと「ありのまま生きたい」と願っていた私が、戻ったあとに気づいたこと。 それは、ずっとそばにあったのに、見えていなかった “大切なもの”だった。

「どう生きたい?」という問いに向き合い見つけた答え|自分らしく生きるために手放したこと

革花を通して歩んだ8年間。求めていたのは成功でも評価でもなく、「自分のままでいられる生き方」だった。世間の枠に合わせようとするほど苦しくなっていった私が、もう一度、自分自身に戻るために選んだこと。その答えを言葉にしました。

私が私として生きられなかった理由|生きづらさの根っこにあったもの

子どもの頃から「みんなと同じでいなければ」と思い込み、 本当の気持ちを隠して生きてきた。 協調性や完璧さの仮面をかぶり続けるうちに、 “私として生きること”が分からなくなっていた。 生きづらさの根っこを見つめ直した記録。

自然の中で“無”になる時間の大切さ|心が軽くなる瞬間と、生きる実感を取り戻すまで

何もしない自分が怖かった日々。 けれど、自然の中で“無”になる時間を過ごすうちに、少しずつ心が軽くなり、静かな幸せを感じはじめた。 それは「本当の自分へ還る道」の始まりだった。

革花の販売をやめて気づいたこと|何者でもなくなった私が見つけた「どう生きたい?」という問い

革花を作り続けて8年。いつの間にか、収益を追うことが目的になっていた。 販売を辞めたあと、私は何者でもない「空っぽの自分」に戻った。 けれどその先で出会ったのは、ずっと見えなかった「本当はどう生きたい?」という問いだった。

革花を8年間続けて気づいたこと|苦しさの先に残った「自分らしく生きたい」という思い

革花を作り続けて8年。夢中で追いかけ、努力し、成果を求め、そして苦しくなった時期がありました。そこから戻ってきたのは、「私はどう生きたいのか」というシンプルな問いでした。同じように今、苦しさを抱えている人へ届きますように。

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